すみましん/ラブソング


2011/04/24 日 19:14
その昔、当時好きだった女性と初めてのデートでボウリングに行った。僕はボウリングが下手だし、一投毎にリアクションしなくちゃいけないのが何より苦手だ。だのになぜ、ボウリングに行ったのか。今となっては思い出せない。ホットドッグとかポパイとか、その手の雑誌に「初めてのデートはボウリング」みたいな記事が載っていて参考にしたのかもしれない。

結果的にボウリングに来たことを後悔することになったのだが、それは一投毎のリアクションが原因ではなく、相手の女性の投げ方にあった。投げ方が変だったのだ。ボールを一度頭の上まで持ち上げてから投げるのだ。反動を利用しようとしているのだろうか。非力な女性ならではの工夫? 変だけどそれを「かわいい」と思わなくては。ボウリングをしている間、ずっと努力したけどダメだった。その姿がいちいち拝んでいるように見えてしまうのだ。新崎人生選手の「拝み渡り」ならぬ、「拝み投げ」である。

ちなみに「拝み渡り」とは、相手の手をひねり取って片手で拝みながらトップロープ上を歩く、という技である。かけられる側の協力がないと成立しづらい、というプロレスならではの必殺技だ。


※この動画の冒頭が拝み渡りです。



好きだった女性が目の前で「拝み渡り」みたいな投げ方をしている。それはとてもショッキングな出来事であった。


拝む、といえばアレです。「Mr.SUMI」のレギュラー化を拝むような気持ちで待っていましたが、結果は2位…。たくさんの人たちから応援いただいたのに、残念です。レギュラー化される作品は1位のみ。2位じゃダメなんです。蓮舫さんが詰め寄ってもきっとダメなんです。今までの人生を軽く振りかえって、1位になったことなんてないことに気付きました。そりゃあ、今回だってなれないはずです。

優勝できなかったら、旅に出るかお寺で修行するか、と考えていましたが実際はそういう訳にもいかず、次のステージを目指して進まないといけません。「Mr.SUMI」の生みの親のプロデューサーとの残念会の席で、3つほど企画案がまとまりました。そのうちの1つでも実現するとまた楽しくなるのですが、その時は1位じゃなくても大丈夫な仕事が良いです。拝み渡りが技として成立するような仕事、というと分かりづらい喩えかもしれませんが、そういうものを目指します。

最後になりましたが、「Mr.SUMI」を応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。
 
 

2011/04/19 火 17:40
映画「フルメタルジャケット」の日本版の構想が(僕の中で勝手に)まとまりつつあります。まず「フルメタルジャケット」の冒頭と同じように、若者たちが次々と坊主頭にされていくシーンから始まります。そして、坊主頭になった若者たちが訓練に向かいますが、日本版では訓練の場所が海兵隊ではなくお寺です。お寺の中でも修行が厳しいことで有名な永平寺が有力候補。そこは軍隊じゃないので、口の悪い鬼軍曹や鬼軍曹にいじめられる「微笑みデブ」も出て来ません。永平寺での厳しい修行の日々を淡々と描いていきます。印象的なミリタリーケイデンス(訓練中に声を揃えて歌う歌)の代わりに、みんなでお経を唱えます。

これで映画の前半は完全に見えました。

本家「フルメタルジャケット」の後半は壮絶な戦闘シーンですが、日本版はもちろん戦場に出ることはありません。修行を終えた若者たちが社会に出てからの姿をローアングルで収めていきます。なぜローアングルかというと、「フルメタルジャケット」の戦場シーンのローアングルが有名だからです。

ちょっと後半の構想がぼんやりですが、まずは僕自身が永平寺の修行を体験する必要がありそうです。調べたら3泊4日で体験修行出来ることが分かりました。修行体験の情報を載せているサイトに、

「参禅を志す方は、本山の日課と、雲水の日常生活に準じた修行をします。特に厳格である為、興味本位で上山すると挫折します。」

と書いてありました。決して興味本位ではないのですが、不安感は否めません。もう少し後半の構想をまとめてからでも遅くはないでしょう。で、構想が固まってから永平寺に1泊2日のコースはないか、問い合わせてみるつもりです。

いずれにしても、日本版「フルメタルジャケット」の企画を進めたいと思っていますので(ざっくりと)映画関係の方、ご連絡をお待ちしています。m(_ _)m 



※青山ワンセグ開発の決勝投票を受付中です。「Mr.SUMI」に一票をお願いいたします。m(_ _)m

http://cgi2.nhk.or.jp/aoyama-k/index.cgi

受付期間 2011/4/15-4/22、23日の生放送中にも投票受付!
4/23(土)13時からの生放送で勝敗が決定します!!
 
 

2011/04/05 火 17:53
事実は小説よりもアイボリー。これは田辺君の著書「眠らない羊」の帯に書かれたメッセージである。事実は小説よりも奇なり、の「奇なり」の同音語を英訳した田辺君らしい洒落だ。最近僕たちが直面している「事実」は本当に「奇なり」で困る。事実が小説よりもアイボリーな世の中の方がいいなぁ。


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これからは色々な意味で「見極める」ことが大切なんだろうと思う。テレビや新聞やネット上に次々と上がってくる情報を自分なりに見極める必要性。仕事の合間に見るネットニュースのヘッドラインから自分に必要な情報を取捨選択していく必要性。

「J・チェンさん財産を全額寄付。」

J・チェンさんって誰だ? と首を傾げながらヘッドラインをクリック。ああ、ジャッキー・チェンのことか、J・チェンさんって言われると分からないな。

「お騒がせデュオ t.A.T.u.解散。」

t.A.T.u.って解散してなかったのか? と首を傾げながらヘッドラインをクリック。「この2年、私たちはそれぞれの活動をしてきたわ。この結論に至ったのは当然のこと。前に進む時が来たのよ」とコメントしていた。そうか、ここ2年はソロ活動をしていたのか。

そういう情報をゲットしているうちに時間が過ぎていく。「見極める」ことが大切なんだろうと思っていても、寄り道ばかりしてしまう。

寄り道といえば、石川ひとみの「よりみち」って良い歌だったよなぁ、とYoutubeで検索したら「よりみち」じゃなくて「まちぶせ」だった。随分違う。





この歌はユーミンが三木聖子のデビュー曲用に提供した曲だったんだ。





そうなってくるとやはり本家のユーミンバージョンも聴きたくなる。





石川さんも三木さんも良いけど、やっぱりユーミンは素晴らしいなぁ。ユーミンといえば僕が18才くらいの頃、「リフレインが叫んでる」を聴いて切ない気持ちになったことを思い出す。





どうしてどうして僕たちは出会ってしまったのだろう。どうしてどうして私たち離れてしまったのだろう。

分かるよなぁ〜、と想像で切なくなっていた。18才までにそんな熱烈な恋愛を経験していなかったから、想像だ。

埠頭を渡る風、も良い。





あと「春よ、来い」を聴くと2割8分5厘くらいの確立で泣ける。






気づくと「まちぶせ」3連続からの一人ユーミン祭りに突入していた。

そもそも「よりみち」って話をしていたのに。いや、もっとそもそもは「見極める」必要性の話だ。色々とがんばらないといけない。
 
 

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